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バックカントリーワールドへようこそ。   このページは、私が今までスノーボードに関わってきて、やって来たこと、やれたこと、また、これからやりたいこと、を中心に、スノーボードの奥の深さを皆さんにもっと知ってもらうために、私と関わった人たちの協力を得て作って行きたいと思います。
この写真は私が初めてバックカントリーに入った時の物で、北海道、ニセコ、イワオヌプリ。カメラマンは渡辺洋一さん、最近ちょくちょく雑誌なんかに写真が使われています。隣のアンヌプリまで一人で登って撮っていただきました。この日は雪は少なかったものの天気はドピーカン、ローカルにすればまあまあかな?と言うところでしょうが、私はコレでやられちゃいました。こう言うところを自分が滑って、こう言う写真が撮れる。単なる憧れだけだったものが、一歩足を踏み出せばあなたにも現実として訪れる事でしょう。リフトなんてありましぇ〜ん、登り2時間、下りは何十秒。この日はここを2本、今までゲレンデでやって来た事をすべてを出しきった2本でした。
そしてもう一つ知った事。雪崩の事、気象の事、人の命の事。それらの事をきちんと考えられるあなたならバックカントリーCOME ON!です。
1998年ひょんな事からニセコ、ひらふに行くことになり、私は地図を開いた、もともと混雑したスキー場の嫌いな私は、ローカルなスキー場はないかと探した。  あるある、ニセコ、ワイススキー場。蘭越町チセヌプリスキー場。山スキーは3月から、年間降雪量5メートル以上、リフト1基。これじゃ〜! しかし、どうやって行こう???地元のもんがおらんとわからんぞ。
雑誌を調べまくる、、、、あった!パウダー&マウンテンガイドNIPSS。
マウンテンガイド?待てよ、あの森林限界を超えたフルオープンバーンか?デヘ〜、脳みその風船がめいっぱいデカくなっている、で上の写真。
ガイドがNIPSSだったのがマズかった、このときは石川さん、ジェット君と登った。帰ってからもジェット君が毎週FAXを流してくる、次の年、12、1、2月、毎月ウエイテイングができる形で行った。NIPSSは玉家、玉家は、あの玉井太郎氏、とは知っていたが、今回は誰がガイドするんですか?と聞くと、玉井氏が僕が行きます、と言う。ん〜、これはマズイことはできないぞ!と思いながら3ヶ月。マズイこといっぱいしちゃいました。
でも、いろんな人と出会い、いろんな経験をし、私のスノーボードの方向性がガッツリ決まりました。
そのまた次の年、私は地元でもドカ雪が降ればどこか登れるはず、と装備はいつも持ち歩いていました。クリスマス前後の連休、恐羅漢降った、新雪バリバリ、カヤバタリフト一番いただき、10時に終了。天気ドピーカン。ファースト〜サニ〜デイ〜などと歌いながら、いつもと違う道を帰ろうと車を走らせているとミョーな山が見えた。山一面真っ白だ、スキー場ではないようだ。
なんとか取りつきを探すと、1台車がいてスノーボード出してゴソゴソやっている。すかさず登るんすか?と攻撃的な目で問い詰める、はい、とその人々、僕も登っていいすか?と私、いいすよ、とその人々。
やった〜、この地区でスノーシューを使う事はまずないだろうと思っていた私は、嬉々としてスノーシューを履いたのでした。
バックカントリーとは何ぞや?
そもそもバックカントリーとは自由に滑りたい人たちが作り出した造語であろうと私は思っています。昔からある山スキーとやっている事は同じだろうと思います。しかしながら自由である事の代償を自己責任において背負っている、と言うのが偉いところです。
ここはゲレンデのコーデユロイの上とは違うんだぞ!岩もある、アイスバーンもある、そして何より恐ろしいのが、雪崩がある、と言う事だ。パトロール隊もいない。
そう言う気持を常に持って、慎重且つ大胆に行動できる人々にのみ与えられる自由である。
それでは山に入るときの装備をご紹介しよう。まず、着る物、着る物は冬山登山の服装に準ずる事が望ましい、次にスノーシュー、ストック。これは単に登る事を楽にするための道具、一番大事なのがショベル、ゾンデ棒、ビーコン。である、ビーコンは電波発信機、雪崩に埋もれた時、電波を使って探す。ゾンデ棒はそれらしい所を棒でさしながら、遭難者を探す。ショベルは言わずと知れた、そこを掘るのだ。そしてこの3点。自分のために使う物ではないと言う事を覚えておいてほしい。
それと雪の弱層テストも覚えておいてほしい。
あまりビビらせても、人間なにも出来なくなるので、ここで、ニセコでガイドをやってらっしゃいます高久智基さんのホームページと、雪あそびの達人。ZZ、CHIBAさんのホームページ をご紹介いたします。
あなたのスノーボードライフのお役に立てれば、と思います。